年末回顧 しまくとぅばの復興元年

~保存・継承で県民意識かってない高揚~

 平成18年「しまくとぅばの普及促進に関する県条例」及び「しまくとぅばの日」が制定されてから7年、今年は「しまくとぅば復興元年」と位置づけられていい。県は国の一括交付を活用した沖縄文化活性化・創造発信支援事業で、琉球諸語の保存継承に向けたネットワーク構築事業など様々な事業を展開。8月には県民意識調査を実施し、10年後の復帰50年に「しまくとぅばの話者」を現在より30%増をめざすとした「普及促進行動計画」を策定。9月18日の「しまくとぅばの日」には、初の県民大会を開催した。
一方、自治体では那覇市が去年から実施している「ハイサイ ハイタイ運動」に加えて今年度は教育委員会が各小学校に小冊子を配布、9月には国の一括交付金を活用した琉球諸語6圏域の「島々ぬくとぅば 語やびら大会」を開催した。また半年間「うちなーぐち発信事業一般向け講座」を実施し11月、パレット市民劇場で受講生がウチナー芝居の喜劇に挑戦した。素人芝居とは思えない出来映えで会場の観客は抱腹絶倒。読谷村で開催された県文化協会主催の「しまくとぅば 語やびら大会」も19回を数えた。
この他、「しまくとぅば・うちなーぐち」の保存継承で那覇市文化協会、NPO沖縄語普及協議会、NPO沖縄県うちなぁぐち会、沖縄じんぶん考房、Ryukyu企画、アジアクラブ、オキスタ、宜野湾市うちなぁぐち会など様々な民間の普及団体が講座を開設するなど活発な活動を展開した。各市町村でも文化協会を中心に活動を継続している。8月末にはしまくとぅばの普及活動団体や個人、企業をネットワークした「しまくとぅば連絡協議会」が結成された。個人、団体・企業合わせて180名が参加し関心の高さを伺わせた。加盟団体の中に南部のある村の教育委員会が加入しているのが特筆される。連絡協では県議会の文化振興議員連盟と意見交換し、文化振興条例の制定などを提案。議連側からは県議会に「しまくとぅば特別委員会」設置する案も出された。これまでに県内41市町村議会の内、25市町村議会が「しまくと」ぅばの普及促進に関する宣言」を決議している。このように今年は「うちなーぐち・しまくとぅばの復興元年」とも言える年になった。
言うまでもなく「言葉は民族の魂であり、文化遺伝子である」。私たちウチナーンチュにとって、「うちなーぐち・しまくとぅば」は、まさしくアイデンティティーの基層、源泉である。その「うちなーぐち」で琉球・沖縄の文化が花開いた。伝統芸能の組踊がユネスコの世界無形文化遺産になり、「いちゃりば兄弟」のウチナーンチュのホスピタリティーが共感を呼んでいる。今年の流行語大賞風に言えば「し・ま・く・とぅ・ば・や・宝」。
しかし今、琉球諸語は、消滅に向かっている危機言語の一つであるとユネスコは警告している。先述の県民意識調査によると話者は琉球新報調査と比較して、9ポイント減少し35%になった。まさに風前の灯火。1879年(明治12年)「イヤナク・嫌なくも沖縄県」と語呂合わせで覚えた廃藩置県から134。県外に於いては改姓し沖縄人としての身分を隠すなど自らを否定、学校教育の場に於ける標準語励行、方言撲滅運動で言葉を奪われた負の歴史を払拭し、日本語の下位言語・方言ではなく独立した言語として、「うちなーぐち・しまくとぅば」を取り戻すことは「ウチナーンチュとしての誇り、主体性、主権」を回復することにも繋がる。地域や、学校、職場など日常の場で「しまくとぅば」が交わされる豊かな言語社会を取り戻したい。「今(なま)どぅやんどー!」。

しまくとぅば連絡協議会
副会長 名嘉山 秀信