どうか(同化)していた  

⒐月18日のしまくとぅばの日を前に沖縄タイムスは17日のオピニオン欄で、しまくとぅばに関する投稿を特集しました。感嘆詞「アガ!」について投稿しました。投稿原文を掲載します。

反射神経はどうか(同化)していた

過日、台風の余波で強風が吹き落ちた庭の落ち葉を掃除していたときのことである。猛暑のため熱中症気味でフラフラし柱に頭をぶっつけてしまい、思わず「痛!」と声を発した。すると台所で洗い物をしていた妻から「あれ!お父さん、アガッ!と言わないの?」と笑われた。うちなーぐち・しまくとぅばの普及活動をしていて、琉球処分以降日本への同化政策が取られる課程で言語が消滅の危機に瀕している、言語は魂でありうちなーぐちが消えるとウチナーンチュでなくなると常々、講座で話したり新聞に投稿していたのにである。かつて西銘順治知事は「ヤマトウンチュになろうとしてもなれない」と述懐した有名なフレーズがあるが、私の反射神経はいつの間にか「ヤマトウンチュ」になっていたのだ。
「アガッ!」という感嘆詞に方言札世代の中には苦い経験を持つ人が少なからずいる。学校の週訓で標準語励行があり方言を使うと罰札を首に掛けさせられた。この罰札は次に方言を使う人がいないとずっと持たされてしまう。そこで知恵者は別の生徒に後ろからそっと近づき腕や尻を抓る。すると相手は思わず「アガッ!」と叫ぶ。「ハイ!方言使った」と方言札を渡すのである。コントのような漫才の一コマのようなことが現実にあった。
基地問題で差別扱いを受け、自分達のことを自分達で決められない沖縄人(ウチナーンチユ)。土人呼ばわりされながらも「魂までどうか(同化)したの?」と自省している今日この頃である。
そういえば、私は学生時代シマナイチャーと言われたことを思い出した。この意味の解説は後日に譲りたい。