佐藤優氏講演会

佐藤 優氏を招聘し文化講演

沖縄自立への道
~うちなーんちゅのうむ思い高々とぅ~

講師/佐藤 優氏

日時/3月24日(月) 午後1時半
場所/パレット市民劇場
講師/佐藤 優氏

 那覇市文化協会「あけもどろ総合文化祭」の特別企画として文化講演会を開催します。講師の佐藤氏は、元外務省主任分析官で作家。現在、琉球新報に毎土曜日「ウチナー評論を連載中。母親が久米島出身で「ウチナーアイデンティー」の持ち主。
 昨年9月18日「しまくとぅばの日」に開催された県民大会直後のウチナー評論では、「独自言語の回復はナショナリズムが活性化する際の鍵となる」、「文化を政治に取り込むというアプローチをとることで、沖縄と中央政府の新しい関係が生まれる」と述べ、しまくとぅばの復興県民運動にエールを送っている。講演では沖縄の置かれている歴史的、政治的状況や民族問題などグローバルな視点から言語復興の意味を論じてもらう。
 藩廃置県以降、同化政策、皇民化政策によって危機に追い込まれた「琉球諸語・しまくとぅばの復興」はウチナーンチュにとって、とりもなおさず「主権の回復、自己決定権に繋がる」んだという認識を共有したい。今一度ウチナーンチュとは何か?則ち県民のアイデンティティーを再確認する講演会。

 
「言葉は魂であり、ウチナーグチがなくなるということは、ウチナーンチュでなくなるということである」 =芥川賞作家・大城立裕=

沖縄自立への道
パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子 パネルディスカッションの様子 パネルディスカッションの様子 パネルディスカッションの様子

講師/佐藤 優氏 「しまくとうば講演会」に寄せて
佐藤優(作家・元外務省主任分析官)
 私は、海がない埼玉県大宮市(現さいたま市)で育ちました。しかし、目をつぶると、青い海の景色が浮かんできます。ときどき鯨の親子が汐を吹きながら海を泳いでいく姿も覚えています。それは、私が物心がつくか、つかない頃から、母から聞かされた沖縄の海の話が脳裏に焼きついているからです。数え方も、「ニー、シー、ロ、ヤ、キュウ」ではなく、「ター、ユー、ムー、ヤー、トゥ」と母に教わりました。母が生きているうちに、直接、しまくとぅばを教えてもらえばよかったと後悔しています。
 私の母は久米島、父は東京の出身です。ですから、私は沖縄人と日本人の複合アイデンティティをもっています。このアイデンティティが、過去数年で大きく変化しています。外交官だった頃も、私のルーツに沖縄があることを忘れたことはありません。強いて言えば、沖縄系日本人という意識でした。それが、現在では日本系沖縄人という意識に変わりました。もし、誰かから「沖縄人か日本人か、どちらか一つを選べ」と問われるならば、躊躇なく「私は沖縄人だ」と答えます。なぜ、そのように思うのか、理屈ではよく説明できません。しかし、私の心に正直に向かい合うと、それ以外の答えが出てこないのです。沖縄人か日本人かの二者択一を迫られるような状況が訪れないことを私は望んでいます。しかし、どうなるかわからないというのが私の率直な見立てです。

 沖縄人であるという自己意識を強く持っているにもかかわらず、私は琉球語を話すことができません。ただし、数年前から、琉球語を真剣に学んでいます。一生懸命勉強しているのですが、なかなか上達しません。ここで重要なのは、琉球語を習得するという意志だと思っています。私は大学時代から、チェコの神学と思想を勉強しています。19世紀の半ばに、チェコ人のほとんどがドイツ語を話すようになり、チェコ語はいずれ消滅すると見られていました。それと同時にチェコ人はドイツ人に同化するという見方が大勢を占めていました。しかし、自分ではチェコ語を自由に操ることはできないが、自らはチェコ人であるという意識を強く持っていたチェコ人たちの努力で、チェコ語は甦りました。重要なのは、チェコ語の正書法の規則を整え、書き言葉としてのチェコ語を整えたことです。
 現在、沖縄と日本の関係がきわめて難しくなっています。大民族である日本人には、少数派の論理と気持ちが、よくわからないことがあります。日本人と比べれば圧倒的な少数派である沖縄人が、自らの名誉と尊厳を保全し、生き残っていくためには、政治や経済を沖縄の文化に包み込んでいくことが不可欠です。この文化の中心になるのが、しまくとうば=琉球語なのです。沖縄と沖縄人が強くなっていくために、われわれはできるだけ早く、われわれの言葉を取り戻す必要があると信じています。
(2014年3月17日記)

講師/照屋 義美会長 照屋 義実 会長あいさつ
照屋 義美会長
 私たちの親祖父(うやふぁーふじ)は千数百年という長い歴史の中で自分たちの言葉を紡ぎ、独特の文化を創りあげてきました。ユネスコの世界遺産となった組踊を頂点にうちなーの文化は現在も脈々と受け継がれています。しかし、この大切な文化の基層をなす「しまくとぅば」は琉球処分後のわずか130年余で消滅の危機に晒されており、保存継承は県民的課題となっています。
 2006年に「しまくとぅばの日」が制定され去年は、初の県民大会が開催され「しまくとぅば復興元年」と位置づけられました。こうした流れの中で今一度「しまくとぅばの復興」がどういうことを意味しているのか、原点に立ち返って認識を共有したいと企画されたのが今回の講演会です。基調講演の主題「しまくとぅばの復興と自己決定権」は沖縄の自立に繋がるというもので、私たちはつい見落としがちですが、沖縄を取り巻く昨今の状況と照らし合わせると納得できるのではないでしょうか。
 シンポジウム「しまくとぅばぬ思い高々とぅ」のテーマは、大和グチでは「自己同一性」、ウランダグチでは「アイデンティティー」、うちなーぐちでは「まぶい・魂」んでぃ 言やびーん。最後まで(うゎいまでぃ) 聞ちうたびみそ-り。ゆたさるぐとぅ うにげーさびら。
(2014年3月24日)

講師/宮良 信詳 沖縄語は日本語と姉妹語
宮良 信詳
 和語と規則的な音声対応を示す語が沖縄語(うちなーぐち)では数多くみられる。その規則的な音声対応から、両言語は近親関係にあると想定される。本土方言はこれまでの日本語の移り変わりとの連続性がみられるので、古い日本語とは親子関係が認められる。一方、沖縄語の場合は基本的には千年以上も前の日本語としかつながらないので、両言語は姉妹語の関係にある。その点において、西ゲルマン語派における英独語の関係とかなり似ている。

講師/上原 康司さん 琉球新報文化部長
上原 康司さん
 しまくとぅばは基本的には聞いて、話して覚える要素が強いが、記録性という意味では活字媒体の果たす役割も大きい。ただ、その際課題となるのが表記をどうするかだ。カタカナにするのか、ひらがながいいのか、ルビをどこまで振るのかなど、悩む場面は多い。継承のためには統一的な表記法を確立すべきだという意見もあるが、そうなると、しまくぅばの魅力が失われるとの指摘もある。新聞に何ができるかを共に考えたい。

講師/謝花 直美 沖縄タイムス 週刊しまくとぅば新聞
謝花 直美
 沖縄タイムスは2013年7月から週刊しまくとぅば新聞「うちなぁタイムス」を毎日曜日に掲載している。しまくとぅばを主題にニュースや連載、各地の取組を掲載するとことで、しまくとぅばの現在を多様な角度から掘り下げている。一部の記事音声もインターネットで「しまぽっど」として公開している。地域のしまくとぅばを紹介することで多様性を可視化させながら、新聞が普及と継承において果たせる役割を模索している。

[プロフィール]
1990年沖縄タイムス記者に。現在編集委員。沖縄戦、沖縄戦後史、しまくとぅばをテーマに取材。著書に「戦場の童」「男に吹く風」、「十五の春 沖縄離島からの高校進学」(共著・沖縄タイムス刊)、「証言沖縄『集団自決』」(岩波書店)、「観光コースでない沖縄第4版」(共著・高文研)など。


講師/仲田 美加子 仲田 美加子 会長あいさつ
仲田 美加子(那覇市文化協会会長)
 ぐすーよー ちゅーうがなびら
かつて、私たちの祖先は、狭い国土と過酷な自然環境にあったことからいち早く海外に目を向け雄飛し、交易を深め、富を蓄積して来た。その富は文化的な遺産となり、見事に花開いている。
 又、他との交わりに当たっては、決して暴力的な行動は起こさず、粘り強く「文化」の力で相互理解を図ってきた。平和を重んじ文化をもって世界を駆け巡る。これは今日の私たちにこそ求められていることではないでしょうか。
そこできょう、私たち沖縄に勇気と誇りと深い愛情を注いで下さっている「佐藤 優さま」に、”沖縄自立への道”にお力添えを頂きながら、”うちなーんちゅぬ思い高々とぅ”を、最も発進力のあるパネリストの皆様にご登壇頂けることを感謝いたします。
 ゆたさるぐとぅ うにげーさびら
(2014年3月24日)

講師/内海 恵美子 沖縄自立へのメッセージ
内海 恵美子
 沖縄戦から69年、未だに米軍基地の重圧下にあります。「琉球処分」以来、日本政府は沖縄を仲間として迎え入れたのではなく、軍隊用地や戦場として物のように扱ってきました。しかし、沖縄の人々は「命どぅ宝」の精神で人権獲得と平和を希求してきました。今、しまくとぅば復興や自己決定権獲得、沖縄自立への道を模索する運動が拡大し、精神の起源にまで意識的闘いを構築しようとしております。更にその動きを拡充していくことが大事ではないでしょうか。

[プロフィール]
宮城=内海恵美子、那覇市出身。琉大教員。小禄九条の会共同世話人。沖縄平和市民連絡会共同代表。小禄うちなーぐちぬ会代表。